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東京高等裁判所 平成9年(ネ)2626号 判決 1998年9月24日

大阪府大阪市中央区道修町二丁目一番五号

控訴人

小野薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

上野利雄

右訴訟代理人弁護士

高坂敬三

夏住要一郎

鳥山半六

岩本安昭

阿多博文

田辺陽一

東京都港区赤坂四丁目一〇番三三号

被控訴人

コックスジャパン株式会社

右代表者代表取締役

稲垣重文

右訴訟代理人弁護士

小池豊

安田有三

櫻井彰人

小南明也

右補佐人弁理士

川上宣男

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人の当審における請求を棄却する。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、平成一〇年七月二一日が経過するまで、商品名「マドックス錠一〇〇mg」(平成八年二月一五日製造承認)の医薬品を販売してはならない。

3  (当審における請求)被控訴人は、控訴人に対し、金二五万二五九一円を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決

第二  請求原因

一  当事者の地位等

1  控訴人は、医薬品の製造販売を業とする株式会社であり、後記本件特許発明の実施品であるメシル酸カモスタット製剤(商品名「フォイパン錠」)を昭和六〇年八月以来製造販売している。

2  被控訴人は、同じく医薬品の製造販売を業とする株式会社であり、メシル酸カモスタット製剤(商品名「マドックス錠一〇〇mg」(平成八年二月一五日製造承認)。以下「被控訴人製剤」という。)を製造販売している。

二  本件特許権

控訴人は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件特許発明」という。)を有していた(被控訴人製剤が対象とする医療用途については、平成八年一月二一日の経過により存続期間満了)。

発明の名称 グアニジノ安息香酸誘導体および該グアニジノ安息香酸誘導体を含有する抗プラスミン剤と膵臓疾患治療剤

出願日 昭和五一年一月二一日(特願昭五一-五〇六二号)

出願公告日 昭和五七年三月二五日(特公昭五七-一四六七〇号)

登録日 昭和五七年一一月一二日

登録番号 特許第一一二二七〇八号

特許請求の範囲 本判決添付の特許公報抄本の該当欄記載のとおり

三  ローヌの製造承認の取得、営業譲渡

ローヌ・プーラン・ローラー株式会社(以下「ローヌ」という。)は、平成八年二月一五日、被控訴人製剤について薬事法一四条の製造承認を取得し、同年三月一四日、これを営業譲渡により被控訴人に譲渡した。

四  特許期間満了前の準備行為

1  被控訴人製剤は、医療用の後発医薬品に属するものであり、その製造承認の申請には、次の資料を添付することが必要である(薬事法施行規則一八条の三)。

ア 物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料として、規格及び試験方法に関する資料

イ 安定性に関する資料として、加速試験に関する資料

ウ 吸収、分布、代謝、排泄に関する資料として、生物学的同等性に関する資料

エ 当該有効成分の毒性、薬理作用、吸収、分布、代謝、排泄及び臨床試験等に関する文献等のリスト及びその内容、概要並びに評価結果の資料

2  ローヌは、右1のアないしウの資料作成に必要な試験(以下「本件試験」という。)を実施するため、本件特許権の技術的範囲に属する物質であるメシル酸カモスタットを自ら製造、輸入又は他より購入し、それを使用して本件特許権の技術的範囲に属する被控訴人製剤を製造し(以下「本件製造行為」という。)、本件試験に使用した。

3(一)  本件試験のうち加速試験は、六箇月以上の試験期間が必要であり、また、医薬品の製造承認の標準的事務処理期間は、医療用の後発医薬品に関しては、一般的に都道府県知事が承認申請を受理した日から二年を要する。

(二)  したがって、ローヌは、製造承認を受けた平成八年二月一五日の二年六箇月以上前(すなわち、本件特許権の存続期間内)から、被控訴人製剤の製造承認申請のために加速試験を含む本件試験を行ったものである。

五  違法性

本件製造行為は、「業として」本件特許発明を実施するものであり(特許法六八条)、以下のとおり、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当せず、また、実質的違法性を欠くものでもないから、本件特許権を侵害するものである。

1  特許法六九条一項基当性について

(一) 特許法六九条一項は、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」と規定している。学説上、同項に基当する典型例とされているものには、次の三類型がある。

まず、特許発明を基礎として改良を加えることを目的とする試験研究が挙げられる。六九条一項の趣旨は、いかに画期的な発明であろうとも、基本発明だけではその技術の恩恵を社会は十分に享受し得ず、多くの場合、優れた改良発明があって初めて基本発明の価値が発揮されるものであるから、かかる改良を目的とした試験研究のための実施は特許権の効力の範囲外とすべきであるというものである。

次に、特許性調査や、機能性調査を目的とする試験研究も、六九条一項の試験研究に該当する。これは、特許要件を具備していない技術に独占権を与えることは、特許制度の目的に反するものであり、無効審判を通じて過誤登録特許を無効とすることにつながる調査は、特許法の目的からして適法とされるべきものである。また、特許法は、発明の開示を登録要件としており、特許発明の技術の内容が当業者に理解されることを前提としているから、技術内容の確認、理解のために行われる機能性調査も特許権の効力の範囲外とすべきことは明らかである。

以上に該当する試験研究の実施によっては、特許権者の市場での独占的地位が害されるおそれはないから、一般的には、右の三類型の基当性について厳格に判断する必要はない。

しかしながら、右の三類型に外形的に該当するような試験研究であっても、例外的に特許権者の市場での利益を害するおそれのあるような場合には、特許権者の利益と特許制度上の他の要請-改良行為、特許性調査、機能性調査の奨励-との調和の観点から六九条一項の試験研究に該当するか否かの結論を導くことが必要となる。

(二) 後発医薬品の製造承認申請に必要なものとして行われる試験は、いずれも極めて単純なものであり、後発医薬品の製造承認申請のため、後発医薬品が先発品と同一であることを証明するためのデータを作成することのみを目的とするもので、これらの実験によって先発品につき何ら改良や新しい知見ないし情報をもたらすものではないから、被控訴人が被控訴人製剤の製造承認の取得に必要な試験を行うために行った本件製造行為は、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当しないものである。すなわち、

(1) 薬事法一四条三項は、医薬品の製造承認申請に当たり臨床試験成績等の添付を要求しており、その内容・範囲は、同法施行規則一八条及び厚生省薬務局長通知(昭和五五年五月三〇日付け薬発第六九八号)により定められている。右通知によると、承認申請に係る医薬品に必要とされる資料については、(1)から(8)までの九種類に分類されている。その(1)から(7の2)までは、新有効成分含有医薬品、新医療用配合剤、新投与経路医薬品、新効能医薬品、新剤型医薬品、新用量医薬品、剤型追加に係る医薬品、類似処方医療用配合剤についての定めであり、従来の医薬品に何らかの意味で新しい改良が含まれているために、詳細な臨床試験の試験成績に関する資料の添付が要求されている。これに対し、(8)に定められている「その他の医薬品」(いわゆる後発医薬品)は、被控訴人製剤のように既に製造承認を得て市販されている医薬品と同一成分のものであり、生物学的同等性等に関する資料のみが要求されているのである。

(2) 上記局長通知の(1)から(7の2)までに規定する新有効成分含有医薬品等は、有効成分、分量、用法、用量、効能、効果等において既存の医薬品と異なる点があり、これらにつき薬事法上要求される試験は、製造承認を取得するためのものであるとともに、既になされた技術改良の成果が現実に使用可能であるかを確認するためのものであり、改良行為の一環であるとみることができる。

(3) これに対し、ローヌの行った本件製造行為及び本件試験は、技術の進歩とは無縁のものであり、特許法六九条一項により正当化できるものではない。すなわち、被控訴人製剤のような「その他の医薬品」(後発医薬品)では、既に承認を得て市販されている医薬品と同一成分のものであり、品質や有効性、安全性については確認済みであるため、生物学的同等性等に関する資料のみが要求されているものである。そのため、後発医薬品の製造承認申請に必要とされる規格及び試験方法、加速試験の結果、生物学的同等性の試験結果は、次のとおりいずれも極めて単純な試験であり、製造承認申請をする後発医薬品がまさに特許品である先発品と同一のものであることを証明するための資料にすぎない。

ア 規格及び試験方法

規格及び試験方法に関しては、本件のメシル酸カモスタット製剤の錠剤の場合、承認申請に必要とされる規格及び試験方法に記載されている項目は、ⅰ 名称、ⅱ 含有規格、ⅲ 性状、ⅳ 確認試験、ⅴ 製剤試験、ⅵ 定量法であるが、その概要は次のとおりである。

ⅰ 名称

対象薬品の一般的名称を記載すれば足り、そのための試験は不要である。

ⅱ 含有規格

有効成分の含有規格をパーセントで示すものであり、そのための試験は不要である。

ⅲ 性状

製剤の場合、外観、におい及び味等を簡単に記載すればよく、仮に試験を実施するとしても、においや味についての官能試験という程度のものである。

ⅳ 確認試験

当該医薬品が目的物であるかを確認するための試験であり、スペクトル分析に基づく方法が採られるが、一般には赤外線吸収スペクトルの測定で十分であり、赤外分光度計をもって測定する。

ただし、実験上困難な点はなく、既に存在する先発品の規格値を参考に、使用する機器の測定条件を調整し、先発品と遜色のない値を示す測定値を確認し、記載すれば足りる。

ⅴ 製剤試験

製剤試験は、製剤の特性又は機能等の品質を規定する試験であり、錠剤の場合には、一般的に重量偏差試験、含有均一性試験、溶出試験又は崩壊試験が行われる。本件の場合、崩壊試験のみが必要である。

崩壊試験とは、固形製剤の試験液に対する崩壊性を試験するためのものであり、錠剤を崩壊試験器に入れて崩壊に要する時間を見るだけである。

ⅵ 定量法

定量法は、医薬品の有効成分の組成、含量、力価などを物理的、化学的又は生物学的方法によって試験する測定方法である。

本件の場合、一定の条件下で液体クロマトグラフィー装置にかけて分析するだけで足り、特に困難なものではない。

イ 加速試験

一定の流通期間中の品質の安定性を短期間で推定するために実施される試験であり、気温摂氏四〇度、湿度七五パーセントという条件下で市販の製品と同じ包装を施した状態の検体を六箇月以上置き、試験開始時を含め四時点で検体の状態を確認するものである。

ウ 生物学的同等性試験

先発品として承認を与えられた医薬品と生物学的に同等であることを証明するための試験であり、最終製品を検体として、健康人に投与し、一定時間経過後の血中濃度を測定して、新医薬品として承認を与えられた医薬品と比較するものであり、薬剤としての効果を確認するものではない。

(4) 以上のように、後発医薬品の製造承認申請に必要な試験として実際に行われるのは、ア 規格及び試験方法のうちの、ⅳ 確認試験のための赤外線吸収スペクトルの測定、ⅴ 製剤試験のための崩壊試験、イ 加速試験、並びにウ 生物学的同等性試験であるところ、これらはいずれも極めて単純な試験であり、後発医薬品の製造承認申請のため、被控訴人製剤が本件特許発明の対象である化合物と同一であることを証明するためのデータを作成することのみを目的とするもので、これらの試験によって、本件特許発明の対象に何ら改良や新しい知見ないし情報をもたらすものではないことは明白である。

(5) 仮に、本件製造行為に当たり、剤型の改良等の改良があるとしても、そのような既存の医薬品の特許発明の価値と比較してあまりに小さな改良にすぎない場合には、特許権者の利益と衡量して、特許法六九条一項の試験研究には該当しないというべきである。

(6) したがって、ローヌが行った被控訴人製剤の製造承認の取得に必要な試験を行うための本件製造行為は、特許法六九条一項の試験又は研究のためにする実施に基当する余地のないものである。

(7) 被控訴人は、製剤化に当たっては服用しやすいように剤型を工夫したり、安定化を図ったりするなど種々の研究や試験を行うのであり、その過程で、製剤化に関する新たな技術が開発されることも少なくない旨主張する。

しかしながら、本件試験は、製剤化の検討のために行われるものではなく、専ら製造承認取得のために行われるものであり、本件のメシル酸カモスタット製剤のような製剤化に格別の問題のない薬剤について製造承認申請のために行われる試験においては、先発品の製剤を購入して分析し、その結果に基づいて同じ製剤を製造するということができ、被控訴人の主張するような剤型や有効成分以外の配合物質の決定に困難はなく、新たな技術が開発されることはない。殊に、被控訴人は、本件において、メシル酸カモスタット製剤の製造承認のための実験に当たり、具体的にどのような点において製剤の検討をしたのか一切明らかにしていない。このことだけでも、被控訴人の主張に理由がないことは明らかである。

2  特許権の延長登録制度

(一) 医薬品について特許期間の延長登録制度が設けられていることも、右の解釈の妨げとなるものではない。むしろ、昭和六二年の特許法改正により特許期間の延長登録制度(六七条三項。現在の六七条二項)が導入された際の経緯にかんがみれば、価値ある改良につながらない限り、後発医薬品の製造承認を取得するため薬事法上の試験等を特許期間中に行う行為は違法であると考えるべきである。

(二) すなわち、この改正のきっかけとなったのは、米国において、先発メーカーの業界と後発医薬品を製造する後発メーカーの業界との政治的かけひきの結果、五年を限度として特許権の延長を認めると同時に、製造の許可を得るための試験は侵害を構成しないとする規定、及び先発メーカーの特許期間中には製造承認申請を行い得ないとする規定が新設されたことである。このことから明らかなように、医薬品を中心とする規制産業において、どの程度特許期間の延長を認めるべきかという問題は、特許期間満了前に、製造承認を得るために必要な試験の実施や製造承認申請を認めるべきかという問題と密接不可分な関係にある。我が国における改正に際しても、米国の新制度を研究した上で、我が国の医薬品業界の技術開発の実態に即して、どの程度の期間の延長が必要であるかが検討されたのであるが、特許期間中に後発品メーカーが製造承認にかかわる行為を行い得る場合と禁止された場合とでは、実質的に独占できる期間が変わってくるため、改正に当たってはこれらの点も考慮されたと考えられる。

当時、既に農薬取締法二条に基づく農薬登録を得る目的でなされた試験について、技術の進歩を目的とするものでなく専ら販売を目的とするものである場合には、特許法六九条にいう試験研究の実施に当たらないとの一般論を明確に打ち出した裁判例(東京地裁昭和六二年七月一〇日判決・判例時報一二四六号一二八頁)が存在していたが、同法六九条一項の解釈論として右裁判例は学説の多くの賛同を得ていたのである。

仮に、右特許期間延長のための改正に際し、右裁判例や学説に反して後発医薬品の製造承認を得るための特許期間中の試験を適法とする意思が立法者にあったとすれば、明文の規定を置くか、少なくとも疑義の生じないような手立てが講じられたはずである。そうすると、右立法に際し何らの措置も講じられなかったことは、右当時の裁判例や学説を前提として特許期間の特則が定められたことを示すと解すべきである。

3  被控訴人の主張に対する反論

被控訴人は、本件製造行為及び本件試験が違法なものでないことの根拠として種々の主張をする。

(一) しかしながら、特許法六八条は、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」と規定しているが、ここにいう「実施」としては、「生産、使用、譲渡」等(二条三項)と規定されているのであって、文言上何らの限定も付されていない。したがって、同法の文言及び趣旨からしても、特許期間中に特許発明を業として実施する権利については、六九条一項その他の明文の除外事由に該当しない限り、特許権者が専有しているというべきであり、特許期間中の実施のための準備か、期間満了後の実施のための準備かという実施者の主観によって、侵害の有無に差異が生じるものではない。

(二) また、薬事法上の製造承認の取得に各種試験が必要なのは、医薬品の有効性、安全性の確保を目的とするものであって、特許権の保護とは無関係なのであり、薬事法上製造承認制度が定められ、製造承認の取得には各種の実験が必要であることを根拠に、特許権を侵害することが正当化されると解することはできない。

(三) 厚生省が特許期間中の製造承認申請を受理している点も、薬事法に基づく規制は特許権の保護とは無関係であり、厚生省は、特許権を侵害しているか否かにかかわらず、薬事法上適法な承認申請であれば受け付けているというにすぎない。

六  差止請求

1  特許権に基づく差止請求

特許権者は、本来特許権の存続期間中の侵害行為がなかったとすれば現在あるであろう姿に戻すという限度において、特許権存続期間満了後も差止請求権を行使することができると解すべきである。すなわち、特許法上の存続期間制度とは、当該存続期間内については、特許権者に法的利益を排他的独占的に享受することを保障する一方、右利益享受の期間を制限することで「発明の保護」と「発明の利用」という二つの利益の調和を図った制度であり、存続期間内に特許権侵害により排他的独占的利益が侵害された場合には、たとえ存続期間経過後に右事実が判明した場合であっても、右存続期間内の利益について特許権者に回復することを認めていると解すべきである。

そして、本件においては、ローヌが本来特許権の存続期間満了後に着手すべき後発医薬品販売のための準備行為を、特許権の存続期間満了に合わせて二年六箇月以上前からいわばフライングスタートをしているという意味で、特許権の存続期間中からの侵害行為が現在も継続しているものであって、現在ないし将来の侵害行為が存在していると解することができる。

仮に、差止請求を認めないとすれば、ローヌの権利侵害行為を追認する結果となり、それを承継した被控訴人はシェア争いにおいて極めて有利な位置に立つことができる一方、控訴人には計り知れない損害が生ずることになる。

よって、控訴人は、本件特許権を侵害して製造承認を取得したという立場を営業譲受により承継した被控訴人に対し、被控訴人が本件特許権の存続期間満了の日の翌日である平成八年一月二二日から各種試験を行っていたとすれば被控訴人製剤につき最も早く製造承認を受けられた日である平成一〇年七月二一日まで、被控訴人製剤の製造販売の差止めを求めることができる。

2  不法行為に基づく差止請求

被控訴人製剤の販売は本件特許権の特許期間満了後であるとしても、本件における侵害行為は、本件特許権を侵害する意図の下に実行される特許権の存続期間中の製造、試験行為から現在の販売行為までの一連の一個の行為ととらえるべきであり、被控訴人製剤の販売行為は、侵害行為と表裏一体の行為というべきである。

そして、不法行為の効果としての差止請求は、民法の立法の沿革上からも、また比較法的にも十分肯定され得るものである。

したがって、控訴人は、被控訴人に対し、不法行為に基づき、平成一〇年七月二一日まで、被控訴人製剤の販売の差止めを求めることができる。

3  信義則違反等

自ら秘密裡に被控訴人製剤の製造承認取得の準備行為を行ってきたローヌから営業譲渡を受けた被控訴人が、たまたま特許期間中に違反行為が発見されなかったことを奇貨として、本件特許権の存続期間満了後であることを理由として差止請求権は行使できないと主張することは、クリーンハンドの原則や信義則に照らして到底認められるべきものではない。

七  損害賠償請求

1  ローヌは、医薬品業界に属する会社として、被控訴人製剤が本件特許発明の技術的範囲に属するものであることを知っており、本件における侵害行為につき故意があったものである。

2  よって、控訴人は、ローヌから営業譲渡を受け、本件特許権を侵害して製造承認を得たという立場を承継した被控訴人に対し、少なくとも本件特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額を、控訴人が受けた損害の賠償として請求することができる。

3(一)  その損害額は、本件特許権の特許期間満了後二年六箇月間における 被控訴人製剤の製造販売額二二八万九六〇〇円と、被控訴人製剤につき製造承認申請を行うための試験に要した錠剤の製造販売相当額二三万六三一八円との合計二五二万五九一八円に、一〇パーセントの実施料率を乗じた二五万二五九一円である。その根拠は以下のとおりである。

(二)  「医薬品市場統計」(甲第一八ないし第二七号証)によれば、平成八年七月から平成九年四月までの一〇箇月間における被控訴人製剤の薬価基準による販売額は、一八〇万円である。

しかし、被控訴人から医薬品卸会社への販売価格(実勢価格)は、五七円一七銭であり、その薬価基準(一三四円七〇銭)に対する比率は、四二・四パーセントである。

そうすると、本件特許権の存続期間満了後二年六箇月(三〇箇月)間における実勢価格による販売額は、二二八万九六〇〇円となる(一八〇万÷一〇×三〇×〇・四二四)。

(三)  被控訴人製剤につき製造承認申請を行うためには、少なくとも規格試験に二七〇錠、加速試験に一〇八〇錠、生物学的同等性試験に一六錠の合計一三六六錠が必要である。

被控訴人が実験を行った本件特許権の存続期間中のフォイパン錠の薬価は一錠当たり一七三円である。

そうすると、被控訴人製剤につき製造承認申請を行うための試験に要した錠剤の製造販売相当額は、二三万六三一八円となる(一七三×一三六六)。

(四)  医薬品業界においては、新薬の特許発明について非独占的実施権を付与するとすれば、少なくとも製造販売額の一〇パーセントの実施料率を課すのが通例であるから、この率をもって本件における通常の実施料率と解すべきである。

八  訴えの追加的変更について

1  控訴人による当審における損害賠償請求の追加は、適法なものと認められるべきである。すなわち、控訴審における訴えの追加的変更も、請求の基礎に変更がなく、著しく訴訟手続を遅延させない限り、許されるべきである。

2  控訴審において追加された請求は、不法行為に基づく損害賠償請求であり、第一審での控訴人の請求は、特許権に基づく差止請求又は不法行為に基づく差止請求であるから、追加された請求は、不法行為に基づく差止請求との関係では、いずれも不法行為を原因とし、その効果として差止めを主張するか、損害賠償を請求するかとの差異にすぎない。また、特許権に基づく差止請求との関係においても、追加された損害賠償請求の要件事実は、右特許権に基づく差止請求の要件事実に、相当因果関係のある損害の発生とその額という要件事実を追加したものにすぎないから、特許権に基づく差止請求に関する主張立証をいずれも流用することができる。したがって、控訴審での審理に際し、第一審での訴訟資料はいずれも共通し、従前の審理を無駄にすることはないから、審理の継続的施行を正当化する一体性及び密着性を有している。

3  そして、損害額等の点については、既にその立証に必要な証拠(甲第一八ないし第三一号証)を提出済みであるから、著しく審理を遅延させるとの事情も存しない。

九  結論

よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件特許権又は不法行為に基づき被控訴人製剤の平成一〇年七月二一日までの販売差止め、及び不法行為に基づく損害金二五万二五九一円の支払を求める。

第三  請求原因に対する認否及び被控訴人の主張

一  請求原因に対する認否

1  請求の原因一1の事実のうち、控訴人のフォイパン錠の製造販売時期は知らないが、その余の事実は認める。同一2の事実は認める。

2  同二の事実は認める。

3  同三の事実は認める。

4  同四の事実のうち、1の事実は認め、2の事実は知らず、3(一)の事実は否認し、3(二)の事実のうち、製造承認の取得日は認め、その余の事実は知らない。

5  同五1のうち、(一)の主張は争い、(二)(1)の事実は認め、(2)ないし(6)の主張、事実は争い、同五2の主張は争う。

6  同六の主張は争う。

7  同七のうち、1の事実は否認し、2の主張は争い、3の事実は否認する。

二  訴えの追加的変更の適否について

控訴人の当審における訴えの追加的変更は、被控訴人の審級の利益を奪うのみならず、それ自体訴訟手続を著しく遅延せしめるものである。

すなわち、原審の審理の対象となった差止請求については、それが純粋に法律問題であったこともあいまって、直ちに弁論終結が可能であるが、損害賠償請求の追加により更に審理が延びることは避けられない。しかも、その内容は、原審で審理された特許権の存続期間満了後の特許権又は不法行為に基づく差止請求が存在することを前提とした損害賠償請求だけでなく、原審では判断されなかった特許期間中の準備行為の合法、違法につき、それが違法であるとの主張のもとに、金二万三六三一円という控訴人の規模からして濫訴のそしりを免れないごとき金額を請求しているものであり、かかる損害賠償請求の追加により差止請求についての審理を遅らせるようなことは到底許されない。

三  差止請求権の行使について

特許権の存続期間が満了し、特許権そのものが消滅した段階で、特許権に基づく差止めを請求できないことは、当然のことであり、また、不法行為は、特許権が存在しその侵害があって初めて議論されるべきことであって、特許権消滅後の行為が特許権侵害という不法行為を構成することもあり得ない。この点は、ローヌ及び被控訴人が本件特許権の存続期間満了前にどのような行為を行っていたかにかかわらないことである。

四  特許権の存続期間満了前における準備行為の適法性

1  「業としての実施」に当たらないこと

製造承認に向けての一連の準備行為は、特許法六八条にいう「業として」の実施に当たらない。

(一) 「業として」の実施に当たらない典型例として挙げられるのは、個人的、家庭的な実施であるが、これらが「業として」の実施に当たらないのは、市場において特許権者と競業関係に立たず、権利者の独占の外に位置せしめても権利者に何らの損害を与えないからである。他方、製造承認のための準備行為も、先発品と競業して患者に投与して治療する行為ではないことからして、市場競争に参加するものではなく、それにより特許権者に何らの損害を与えない。

(二) 特許法六七条二項は、「特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的、手続等からみて当基処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることが二年以上できなかったときは、五年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。」と規定する。「特許発明の実施をすることが二年以上できなかったとき」とは、製造承認申請に向けての準備行為及び承認までの期間を指すものであるから、特許法自体、製造承認に向けての準備行為が「業として」の実施に該当しないことを明らかにしている。したがって、六八条にいう「業として」の実施と六七条二項にいう「実施」とを別異に解釈する考え方は誤りである。

(三) 次に、平成六年法律第一一六号(以下「平成六年改正法」という。)附則五条二項は、「この法律の施行の際現に存する特許権であって、その存続期間がこの法律の施行により延長されたものについては、この法律の公布の日前に日本国内においてその特許権に係る発明の実施である事業の準備をしている者は、この法律の施行がないとした場合におけるその特許権の存続期間の満了の日後、その準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、通常実施権を有する。」と規定し、平成六年改正法による改正前の特許法の下で特許権の存続期間の満了に備えて実施準備行為をしていた者に通常実施権を認めて利益の権衡を図っている。医薬品の場合、製造承認のために行う各種の準備行為は同規定にいう「実施準備行為」の典型である。

法定実施権を認めた七九条も、出願前に「発明の実施である事業をしている者」又は「その事業の準備をしている者」に先使用権を認めている。

これらの規定にいう「発明の実施である事業」をすることとは、六八条にいう「業として」の実施と同じ意味であることは明らかであり、「発明の実施である事業の準備」は実施そのものとは明確に区別されている。したがって、六八条にいう「業として」の実施も、文字どおり製造販売を行うことであり、製造販売に向けて準備行為をしている者は、「事業をしている者」すなわち「業として」実施をしている者に基当しないことは明らかである。

(四) 厚生省は、従前より、特許権の存続期間満了後の実施に向けての後発医薬品の製造承認申請を特許期間中に受理していたところ、平成七年六月二八日付けの各都道府県薬務主管課あての事務連絡により、先発品の特許期間満了日前の後発品の承認申請の取扱いについて、「特許期間の満了を見込み、承認審査の標準的事務処理期間を考慮して後発品の承認申請を行うことは差し支えないものとすることしとの通知をしている。

2  「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たること

被控訴人の行う準備行為は、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に基当する。

(一) 特許法六九条一項は、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」と規定するが、その「試験又は研究」がいかなる目的を持った「試験又は研究」なのかについては何ら限定が付されていない。逆に、何のための「試験又は研究」かなどという基準を設定することは、主観を伴い、かつ極めて判断の困難な事項を持ち込むことになる。そうすると、客観的に「試験又は研究」に該当するものであれば、同条が適用されるのである。

特に、製薬産業における後発品メーカーが行う準備行為は、たとえそれが製造承認申請に向けてのものであったとしても、自ら製造し将来市場に出そうとしている製品の内容、性状、機能等を調べるものであるから、典型的な試験行為である。

(二) 後発医薬品は、その開発着手から製造承認申請の段階に至る試験の完了により、先発品によって確認された有効性及び安全性を単に追認するのではなく、製剤化するに当たって服用しやすいように剤型を工夫したり、安定化を図ったりするなど種々の研究や試験を行うのであり、その過程で、製剤化に関する新たな技術が開発されることも少なくない。

すなわち、後発医薬品の製造承認申請に必要な右資料を得るためには、以下の段階を経る必要がある。

(1) 製剤化の検討

製剤化の検討とは、製剤の処方とその製造方法を検討することである。

製剤の処方とは、医薬品における有効成分を服用しやすくするための剤型や、有効成分以外の配合物質を決定し、製剤化することである。各社は、製剤化に供する添加物を、通常「医薬品添加物事典」に掲載された一三四六品目の中からそれぞれのノウハウ、経験を駆使して選択し、その配合比を定める。先発品メーカーは企業秘密としてこの技術事項を開示しないから、後発品メーカーは、製剤化において自社の技術、ノウハウを駆使して試作を繰り返し、承認申請に必要な試験に供する製剤を完成させる。さらに、製剤は市場に流通し、体内に服用されるまでに、一定期間保存されるものであるから、安定した製剤を作らなければ商品価値がない。

そして、製造方法の点については、製造方法が異なると、製剤の処方が明らかであっても、当基製剤の安定性が著しく相違する場合があり、そのため、作業手順を含めた製造方法を検討する必要が生ずる。さらには、製剤化のための適切な機器の選択、その運転条件の設定が必要であり、品質の安定した製剤化が可能な要件を検討しなければならないのである。

(2) 製造承認申請のための試験

有効成分及び剤型が同一である後発医薬品であっても、有効性及び安全性が先発品と同等ということではない。

右(1)で述べたように、製剤の処方、製造方法は企業秘密として開示されることはないから、製剤化の具体的内容は各社によって相違する。そして、有効成分が同一であっても、製剤化の相違によって副作用が発生することがある。したがって、後発医薬品であっても、その有効性及び安全性を確認するため、製造承認の申請に当たり、次の三つの試験が要求されるのである。

ア 規格試験

規格試験においては、有効成分などの性状試験、確認試験、定量試験、純度試験等を行う。

右試験に合格した有効成分を含有する製剤について、崩壊試験、溶出試験、重量偏差試験、定量試験等を行い、一定の基準値に達しなければ、再び製剤化の検討を行わなければならない。こうした試行錯誤が繰り返される。

イ 加速試験

一定の流通期間中の品質の安定性を短期間で推定するために実施する試験であり、当該製剤を摂氏四〇度、湿度七五パーセントの条件で六箇月以上保存し、試験開始時を含めて四時点で右の規格試験を行う。

したがって、加速試験の結果、安定性の評価に問題があるとの結論が得られれば、問題点を検討し、再び製剤化の検討等を行わなければならない。

ウ 生物学的同等性試験

先発品と生物学的に同等であることを証明するために実施する試験であり、健康人を対象として臨床投与経路による一回投与を原則とし、適切な休薬期間をおいた交叉試験法によって、血中濃度を経口投与からの経過時間によつて測定し、その分布を比較して行う。

固型剤について、経口投与から血中に有効成分が入るまでについて説明すると、まず、固型剤の崩壊が通常胃の中で起こり、次に薬物の固型粒子は消化管液に溶け、更に消化管粘膜から吸収されて血中に入る。したがつて、同じ剤型であっても、製剤化の具体的内容が相違すると、人体各器官中での崩壊時間、溶出率及び吸収速度が異なり、経過時間による血中濃度が異なってくるため、同じ治療効果を発揮するとはいえない。したがって、後発品メーカーといえども、先発品との生物学的同等性を確保するために、それぞれ製剤化に苦心しているのである。また、この際、特許性を有する製剤技術が得られれば、特許権を取得することもできる。

(3) 技術の進歩

製造承認申請に向けて行う準備行為に際して得られる製剤化に関する新たな技術、ノウハウと、後発医薬品の製造承認のために必要とされる試験そのものの内容とは不可分の関係にあることは、以上の説用から明らかである。そして、被控訴人は、右試験行為を行う中で、各種のノウハウを獲得し、自らの技術水準を高めた。これは、ひいては、社会一般の技術進歩にも貢献するものである。

(三)(1) 控訴人は、特許法六九条一項にいう「試験又は研究」を、改良目的の試験研究、特許性調査のための試験研究、機能性調査(技術内容の理解)のための試験研究の三類型に区別しているが、右条項の規定する「試験又は研究」がこれら三類型に限定されることの根拠は何ら示されていない。六九条一項は、権利者と権利者以外の一般の利益との権衡から、実施目的が「試験又は研究」という態様一般をもって既に特許権の効力が及ばない対象としているのであって、それ以上でもそれ以下でもない。

控訴人は、右三類型であれば、権利者に損害を及ぼさないとするが、被控訴人の準備行為は、特許権の存続期間中に市場に参入することを目的として準備行為を行ったものではなく、薬事法の製造承認手続に二年半を要することによる事実上の特許期間の延長も、まさに事実上のものにすぎないものであるから、権利者に与える損害の有無を基準として考えるとき、被控訴人の準備行為は、右三類型の行為と何ら異なる点はない。

(2) 控訴人は、剤型の改良のみのような既存の医薬品の特許発明の価値と比較してあまりに小さな改良を目的としたものは「試験又は研究」から除かれる等と主張するが、この主張は、六九条一項にいう「試験又は研究」の意味を何の根拠もなく狭隘化するにすぎず、到底採用することができない。

(3) 控訴人は、特許期間の延長登録制度が認められていることは、後発会社の準備行為を違法視する妨げにはならない旨主張する。しかしながら、医薬特許に特有な薬事法上の実施制限のため、製造承認までの期間は特許発明の実施ができないことを理由として、その期間に相当する特許期間の延長が制度的に確立されたのであるから、後発メーカーの同じく製造承認に向けての準備行為を違法視することは、明らかに権衡を失するものである。

そして、控訴人指摘の東京地裁昭和六二年七月一〇日判決は、特許の存続期間がまだ六年も残っている間に、被告が試験や登録申請を行っていた事案についてのものであり、存続期間中に実施をしないことが明確な場合についてのものではないから、後発メーカーの準備行為が適法であると立法者が考えていたのであればその点を明確にしておいたはずであるとの前提を欠くものである。

3  実質的違法性の欠如

仮に、特許権の存続期間満了後における後発医薬品の製造販売に備えて、特許期間中に行う各種準備行為が、特許法六八条の「業として」の実施に該当し、かつ、六九条一項の「試験又は研究」に該当せず、形式的には権利侵害を構成するとしても、被控訴人の準備行為は、実質的に違法性を欠くものである。

すなわち、控訴人は、被控訴人の行為により何ら損害を被らない。特許期間中であっても、被控訴人の製品が製造承認に向けた準備行為に使用されるに止まり、市場で控訴人製品と競合することがなければ、控訴人に何らの損害が生じないことは明白である。さらに、特許権の存続期間満了後に初めて後発メーカーが後発医薬品の製造承認準備行為に着手した場合、現在の薬務行政下では事実上二年半近く経過しないと後発医薬品の製造販売が行えないという特許権者側にとっての利益は、何ら特許法の予定するところではなく、まさに事実上の利益にすぎないものである。

理由

一  当事者の地位、本件特許権等

請求原因一1の事実(控訴人の地位)は、控訴人のフォイパン錠の販売開始時期を除き、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、その販売開始時期は平成六〇年八月であることが認められる。同一2の事実(被控訴人の地位及び被控訴人製剤の製造販売)は当事者間に争いがない。

そして、請求原因二の事実(本件特許権)及び同三の事実(ローヌの製造承認の取得、営業譲渡及び被控訴人製剤の製造販売)も当事者間に争かがない。

二  特許期間満了前の準備行為

1  被控訴人製剤は、医療用の後発医薬品に属するものであり、その製造承認の申請には、ア 物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料として、規格及び試験方法に関する資料、イ 安定性に関する資料として、加速試験に関する資料、ウ 吸収、分布、代謝及び排泄に関する資料として、生物学的同等性に関する資料、エ 当該有効成分の毒性、薬理作用、吸収、分布、代謝、排泄及び臨床試験等に関する文献等のリスト及びその内容、概要並びに評価結果の資料を添付することが必要であること(薬事法施行規則一八条の三)は、当事者間に争いがない。

甲第三号証(医薬品製造指針一九九五年版)によれば、加速試験は、通常六箇月以上の試験期間を要することが認められ、また、甲第四号証(製薬関係通知集一九九五年版)によれば、医薬品の製造承認の標準的事務処理期間は、医療用の後発医薬品に関しては、都道府県知事が承認申請を受理した日から当分の間二年とされていたことが認められる。

2  そして、弁論の全趣旨によれば、ローヌは、本件特許権の技術的範囲に属する物質であるメシル酸カモスタットを自ら製造、輸入又は他より購入し、それを使用して本件特許権の技術的範囲に属する被控訴人製剤を製造し(本件製造行為)、本件試験に使用したことが認められる。

3  そうすると、ローヌは、前記被控訴人製剤の製造承認を取得した平成八年二月一五日の遅くとも二年六箇月程度前に(本件特許権の存続期間内である。)、本件製造行為を行って本件試験を開始し、その後製造承認申請をしたことが推認され、その製造承認の時期からすると、ローヌは、本件特許権の存続期間満了(平成八年一月二一日の経過)後に製造販売することを目的として被控訴人製剤の製造承認申請を行ったものと推認することができる。

三  差止請求権の行使の点について

1  控訴人の主張は、本件特許権の存続期間中に、被控訴人製剤の製造承認申請に添付すべき資料を得る目的で本件試験を行うため本件製造行為をしたことは、本件特許権を侵害する違法な行為であるから、製造承認を承継した被控訴人が被控訴人製剤の販売行為をすることは、特許期間経過後に製造行為及び試験行為を開始した場合に製造承認が得られたはずである二年六箇月後までの間においては、許されないという点にある。

しかしながら、本件特許権は既に存続期間の満了により消滅しているから、本件特許権に基づく被控訴人製剤の販売差止請求は、製造承認申請のためにしたローヌの行為が本件特許権を侵害し違法であるか否かを問うまでもなく、理由がない(しかも、本件においては、既に控訴人が差止請求の終期とする平成一〇年七月二一日が経過しているものである。)。

2  控訴人は、本件においては不法行為に基づく差止請求が認められるべきである旨主張する。

しかしながら、財産権侵害という不法行為の効果としての原状回復は、金銭賠償によることが原則であり(民法七二二条一項、四一七条)、不法行為の効果として差止めを認める明文の規定もない以上、本件のように過去の財産権侵害を理由とする不法行為の原状回復として被控訴人製剤の販売の差止めを求める請求は、ローヌが本件特許権の存続期間中に製造承認申請のために行った行為が不法行為に該当するか否かについて判断するまでもなく、理由がない。

3  控訴人は、自ら秘密裡に被控訴人製剤の製造承認取得の準備行為を行ってきたローヌから営業譲渡を受けた被控訴人が、たまたま特許期間中に違反行為が発見されなかったことを奇貨として、本件特許権の存続期間満了後であることを理由として差止請求権は行使できないと主張することは、クリーンハンドの原則や信義則に照らして許されない旨主張するが、既に本件特許権が存続期間の満了により消滅している以上、差止請求権を行使できないとの被控訴人の主張がクリーンハンドの原則や信義則に照らして許されないと解することもできないから、控訴人の右主張は採用することができない。

4  したがって、被控訴人製剤の平成一〇年七月二一日までの販売差止めを求める控訴人の請求は理由がない。

四  訴えの追加的変更の適否

被控訴人は、控訴人の当審における訴えの追加的変更は、被控訴人の審級の利益を奪うのみならず、それ自体訴訟手続を著しく遅延せしめるものである旨主張する。

しかしながら、控訴人が当審で追加した損害賠償請求は、控訴人が原審で求めていた本件特許権又は不法行為に基づく差止請求とは請求の基礎を同一とするものと認められる。さらに、本件特許期間の存続期間満了後の販売分についての損害賠償請求については、従来からの差止請求に、故意、過失の点及び損害の点の審理が加わるものであるが、本件においては、それらが加わることをもって訴訟手続を著しく遅延せしめるものとは認められない。また、被控訴人製剤についての本件試験に使用した分についての損害賠償請求については、特許期間中の準備行為の合法、違法が問題となることは被控訴人主張のとおりであるが、この点についても原審段階から主張立証がされてきたことが認められるから、同じく訴訟手続を著しく遅延せしめるものとは認められない。したがって、当審における控訴人の損害賠償請求の追加は、適法である。

五  特許期間満了後の販売分の損害賠償請求について

1  控訴人は、本件特許権の存続期間満了後二年六箇月間における被控訴人製剤の販売額に実施料率を乗じた額を損害額として請求する。

2  仮に被控訴人が本件特許権の存続期間中に被控訴人製剤について本件試験を行うことが許されず、その存続期間の満了を待って本件試験に着手しなければならないとすれば、前記のとおり、本件試験のうち加速試験に六箇月以上の試験期間が必要であり、また、医療用の後発医薬品について、都道府県知事がその製造承認申請を受理した日から厚生大臣が当該医薬品に製造承認を与えるまでの標準的事務処理期間は当分の間二年間とされていたから、被控訴人は、本件特許権の存続期間満了後少なくとも二年六箇月間は本件特許発明の技術的範囲に属する後発医薬品を製造、販売することはできず、他方、控訴人は、本件特許権の存続期間満了後二年六箇月間は本件特許発明に係る医薬品の製造販売を事実上独占することができることになる。

しかしながら、薬事法は、医薬品等の品質、有効性及び安全性の確保のために必要な規制を行うとともに、医療上特にその必要性が高い医薬品等の研究開発の促進のために必要な措置を講ずることにより、保健衛生の向上を図ることを目的として(一条)、医薬品を製造するには、品目ごとにその製造について厚生大臣の承認を受けることを要するものとしているが(一四条一項)、このような規制は、医薬品等の品質、有効性及び安全性の確保を目的としたものであり、製造承認を受けた者の独占の利益を保障することを目的としたものではないから、右のような二年六箇月間医薬品の製造販売を事実上独占することができるとの利益は、薬事法による製造承認制度によりもたらされる反射的利益にすぎず、不法行為制度によって保護される利益には当たらないといわなければならない。

したがって、本件特許権の存続期間満了後二年六箇月間における被控訴人製剤の販売額に実施料率を乗じた額を損害額とする控訴人の請求は、製造承認申請のためにしたローヌの行為が本件特許権を侵害し違法であるか否かを問うまでもなく、理由がない(なお、後記のとおり、ローヌの行った製造承認申請のための本件試験及び本件製造行為が、本件特許権を侵害し違法なものであるということもできない。)。

六  本件試験に要した錠剤の製造販売相当額の損害賠償請求について

ローヌが行った製造承認申請のための本件試験は特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するから、そのための本件製造行為は本件特許権を侵害しない旨の被控訴人の主張について判断する。

1  特許法六九条一項は、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」には特許権の効力が及ばない旨規定しているが、この規定の趣旨及び内容について検討する。

(一)  特許法は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」(一条)ものであって、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与するという目的を達成するために、「発明の保護」と「発明の利用」を図ることとしている。このことは、例えば、発明が広く利用されることを確実ならしめるために、特許を受けようとする者に発明の公開を義務づけるとともに、発明の公開の代償として特許権を付与し、また、特許権者による特許発明の実施の独占を一定期間に限って認め、一定期間経過後は何人も当該特許発明を自由に利用することを認めることによって具体化されている。我が国の特許制度は、発明の保護と発明の利用との調和、換言すれば、特許権者が公開義務はあるが、特許発明を一定期間中独占的に実施することができること等による利益と、第三者が特許発明を利用する場合、一定期間中は特許権により制約を受けるが、一定期間経過後は自由に利用できることによる社会一般の利益との調和を前提としているということができる。

したがって、特許法が「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」(六九条一項)という規定を設けている趣旨及びその内容についても、特許制度における右のような前提を踏まえて解釈することが必要である。

(二)  まず、右六九条一項の規定が設けられている趣旨について、「発明の利用」という観点から考えると、前記のとおり発明が広く利用されることを確実にするために発明の公開を義務づけているのであるが、当該特許発明を産業上利用するためには、その準備行為として、試験又は研究によって当該特許発明の技術内容、利用可能性等を確認ないし検討する必要があり、それは当然許容されるべきものと考えられる。そして、試験又は研究として行われる特許発明の実施は、通常、特許権者と直接競業する形態で行われることはなく、したがって、特許権者の経済的利益を直接害するということもないから、「発明の保護」という点が特に問題になるということは考えられない。

このように、特許発明を産業上利用するためには、その準備行為として、試験又は研究によって当該特許発明の技術内容、利用可能性等を確認ないし検討することが当然必要であり、試験又は研究として行われる特許発明の実施が特許権者の経済的利益を直接害するということも通常考えられないことから、特許法は、特許権者の効力が及ばない範囲の一態様として、右六九条一項の規定を設けたものと解される。

(三)  六九条一項所定の「試験又は研究」の内容についてみるに、特許発明を産業上利用するための準備行為としての試験又は研究は、例えば、第三者が特許発明を基礎として新たな技術を開発することあるいは特許発明に係る技術を次の段階に進歩させることを目的として行う場合、第三者が特許権者から実施権の設定を受けるか否かを決定するための資料を得ることを目的として行う場合、特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施するか否かを決定するための資料を得ることを目的として行う場合等種々の態様が考えられる。また、特許発明を直接的に産業上利用するための準備行為としてのものとはいえないが、第三者が特許権を侵害しないような技術を探索することを目的として行う場合、特許発明が従来技術と対比して新規性・進歩性を有しているか否かを確認することを目的として行う場合があるほか、単に特許発明の技術内容についての知見を得るために、当該特許発明について試験又は研究を行うといった場合も想定される。

そして、特許発明の実施としての試験又は研究には、それが当該特許発明を産業上利用するための準備行為であるか否かを問わず、例えば、「物」の特許発明に関していえば、まず、特許発明に係る実施品を分析・調査することにより、あるいは特許発明に係る実施品を試作し又は特許発明に係る実施品を使用した試作品を製作して、それらの物を分析・調査することにより、当該特許発明に係る物あるいはそれを使用した物の形状、機能、有効性、安全性等についての知見を得ること及び特許発明の実施可能性、実施価値を確認、検討することをその目的とするものも含むということになる。また、それが特許発明の産業上の利用を前提としている場合には、試作品等の分析・調査により得られた知見や検討結果が、現実に特許発明を利用し、製品化することとなった場合にも、正しいものとして妥当し通用するか否かを確認、検討しておくことが必要であり、右確認、検討に必要な限度における特許発明の実施も準備行為としての試験又は研究に含まれるものというべきである。

もっとも、発明の保護と発明の利用との調和という観点から、六九条一項に該当するためには、試験又は研究として行われる特許発明の実施が、特許権の存続期間中に、市場において特許権者と直接競業する形態で行われるものではなく、特許権者の経済的利益を直接侵害することがないものであることを要することはいうまでもない。

(四)  ところで、六九条一項が、「発明の保護」と「発明の利用」との調和の一態様として設けられている以上、右規定における「試験又は研究」についても、一条に定める「発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」という目的にかなうものであることが求められており、試験又は研究のためにする特許発明の実施について特許権の効力が及ばないとしているのも、それが技術の進歩ないし開発に寄与するものと考えられていることによるものである。

しかしながら、このことから、六九条一項の「試験又は研究」について、特許発明を基礎として新たな技術を開発することあるいは特許発明に係る技術を次の段階に進歩させることを直接の目的とするもの、又は、具体的・現実的に技術の進歩ないし開発をもたらすものに限定することは相当ではない。

前記のとおり、試験又は研究には、第三者が特許発明を基礎として新たな技術を開発することあるいは特許発明に係る技術を次の段階に進歩させることを目的として行う場合のほか、第三者が特許権者から実施権の設定を受けるか否かを決定するためや特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施するか否かを決定するための資料を得ることを目的として行う場合、第三者が特許権を侵害しないような技術を探索することを目的として行う場合、特許発明が従来技術と対比して新規性・進歩性を有しているか否かを確認するために行う場合、あるいは単に特許発明の技術内容についての知見を得るために行う場合等種々のものが考えられるが、これら後者の目的・態様のものも六九条一項の「試験又は研究」に該当することは明らかであるところ、これらのものは、間接的にはともかく直接的には技術の進歩ないし開発を目的とするものとはいい難いし、具体的・現実的に必ず技術の進歩ないし開発をもたらす結果となるとは限らないのである。

しかし、特許発明を基礎として新たな技術を開発することあるいは特許発明に係る技術を次の段階に進歩させることを直接の目的とするもの以外のものも六九条一項の「試験又は研究」に該当するのは、それらが何らかのかたちで技術の進歩ないし開発に結びつく性質又は一般的可能性を有しているからである。すなわち、前示のように、試験又は研究の内容である特許発明に係る物あるいはそれを使用した物の性状、機能、有効性、安全性等についての知見を得たり、さらには特許発明の実施可能性、実施価値についての検討結果を得ること、また、試作品の分析・調査により得られた知見や検討結果が、現実に特許発明を利用し、製品化することとなった場合にも、正しいものとして妥当し通用するか否かを確認、検討することは、特許発明及びそれに関連する技術分野における知見を広げ、あるいは技術水準を向上させるものであり、間接的であっても技術の進歩ないし開発に結びつく一般的な可能性を有するものと考えられていることによるものと解される。したがって、右のような知見を得たり、確認、検討をすることを内容とする試験又は研究も、特許権者と直接競業する形態で行われず、特許権者の経済的利益を直接侵害することがないものである限り、それが技術の進歩ないし開発を直接的な目的としていると否とにかかわらず、また、具体的・現実的に技術の進歩ないし開発をもたらすものであると否とにかかわらず、一般的に技術の進歩ないし開発をもたらす可能性を有するものとして、六九条一項の「試験又は研究」に該当するものということができる。

2  薬事法に基づく後発医薬品の製造承認申請のための本件試験が特許法六九条一項にいう「試験又は研究」に当たるか否かについて検討する。

(一)  前記のとおり、被控訴人製剤は、医療用の後発医薬品に属するものであり、その製造承認の申請には、ア 物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料として、「規格及び試験方法に関する資料」、イ 安定性に関する資料として、「加速試験に関する資料」、ウ 吸収、分布、代謝及び排泄に関する資料として、「生物学的同等性に関する資料」、エ 当該有効成分の毒性、薬理作用、吸収、分布、代謝、排泄及び臨床試験等に関する文献等のリスト及びその内容、概要並びに評価結果の資料を添付することが必要である(薬事法施行規則一八条の三)。

甲第三号証(医薬品製造指針一九九五年版)、甲第三二号証(医薬品製造指針一九九五年版)、甲第三三号証(医薬品承認申請ガイドブック一九九六)及び弁論の全趣旨によれば、右資料を備えるためにローヌが行つた本件試験の内容は以下のとおりであると認められる。

(1) 本件のメシル酸カモスタット製剤の錠剤の場合、後発品の製造承認申請に必要とされる規格及び試験方法中の確認試験、製剤試験、定量法の概要は、次のとおりである。

確認試験は、当該医薬品が目的物であるか否かをその特性に基づいて確認するための試験で、スペクトル分析に基づく方法等が採られている。

製剤試験は、製剤の特性又は機能等の品質を規定する試験であり、錠剤の場合には、一般的に重量偏差試験、含有均一性試験、溶出試験又は崩壊試験が行われる。

定量法は、当該医薬品の組成、有効成分の含量、力価又は含量単位を物理的、化学的又は生物学的方法によって測定する試験である。

(2) 加速試験

一定の流通期間中の品質の安定性を短期間で推定するために実施される試験であり、気温摂氏四〇度、湿度七五パーセントという条件下で市販の製品と同じ包装を施した状態の検体を六箇月以上置き、試験開始時を含め四時点以上で検体の状態を確認するものである。

(3) 生物学的同等性試験

先発品として承認を与えられた医薬品と生物学的に同等であることを証明するために実施する試験であり、最終製品を検体として、適切な統計的処理が可能となる例数の健康人を対象として投与し、適当な休薬期間をおいた交叉試験法により血中濃度を比較する方法により行うものである。

以上のように、薬事法が、後発品製造者に対しても、その製造承認に当たり、一定の年月を要する「規格及び試験方法に関する資料」、「加速試験に関する資料」及び「生物学的同等性に関する資料」を得るための各種試験の実施とそのデータの添付を求め、相当の期間をかけて審査を行うのは、将来後発品を投与されるであろう多数の患者の安全を確保するため、先発品と品質において実質的に同等であり、同様の有効性、安全性があることを担保するためであり、ローヌが被控訴人製剤の製造承認申請のために「規格及び試験方法に関する資料」、「加速試験に関する資料」及び「生物学的同等性に関する資料」を得るための各種試験を行ったのは、専ら被控訴人製剤の製造を薬事法上可能にすることを目的とするものである。

(二)  ところで、弁論の全趣旨によれば、同一の有効成分を含む医薬品であっても、処方の変化により、医薬品としての有効性や品質の安定性に変動が生じる可能性があること、先発品を製造するための具体的技術は先発品製造者によって秘匿され、ノウハウとして保持されている場合が少なくないことから、後発品製造者としては、先発品と品質において実質的に同等のものを得るべく、開示されている技術、周知技術等のほか、自己の知識、技術、経験に基づいて配合処方を研究、工夫して製剤化を行った上、その製剤が先発品と同程度の有効性を発揮することができるかどうか、その製剤が安定であるかどうかなどの試験、研究を行い、製剤の有効性や安定性等の確保を図る必要があることが認められ、これによれば、後発医薬品の製造承認申請のために「規格及び試験方法に関する資料」、「加速試験に関する資料」及び「生物学的同等性に関する資料」を得るための各種試験を行うに当たっては、製剤化に相応の技術的工夫が必要であると認められる。そして、弁論の全趣旨によれば、ローヌにおいても、先発品と品質において実質的に同等のものを得るべく、自己の知識、技術、経験に基づいて配合処方を研究、工夫して被控訴人製剤を製造し、それを用いて「規格及び試験方法に関する資料」、「加速試験に関する資料」及び「生物学的同等性に関する資料」を得るための各種試験を行ったものであり、それによって、先発品と品質において実質的に同等の製剤を得るために必要な技術的工夫についての知見や、その技術的工夫によって得られた被控訴人製剤の物理的化学的性質、品質の安定性及び先発品との生物学的同等性についての知見を得たものと認められる。

したがって、右各種試験は、ローヌにおいて、先発品と品質において実質的に同等の製剤を得るために必要な技術的工夫についての知見や、その技術的工夫によって得られた被控訴人製剤の物理的化学的性質、品質の安定性及び先発品との生物学的同等性についての知見を得たり、確認、検討することをもその内容とするものであって、六九条一項が一般的に技術の進歩ないし開発に結びつく可能性を有するものとして、特許権の効力が及ばないものとしている「試験又は研究」に適合するものということができる。

(三)  弁論の全趣旨によれば、ローヌは被控訴人製剤の製造承認申請のための本件試験に本件特許発明を実施したが、これによって直接利益を得たわけではなく、本件特許発明の実施によって控訴人と直接競業したわけでもない。そして、ローヌが被控訴人製剤につき薬事法一四条所定の製造承認を得た(平成八年二月一五日)のは、本件特許権の存続期間満了(同年一月二一日の経過)後であり、ローヌが被控訴人製剤の製造承認申請のための試験を行ったのは、本件特許権の存続期間満了後に製造販売することを目的とする準備行為としてであり、存続期間中に製造販売することを目的とするものではなかったことが認められる。

(四)  右(一)ないし(三)によれば、ローヌが本件特許権の存続期間中に行った被控訴人製剤の製造承認申請のための本件試験は、六九条一項に規定する「試験又は研究」に当たり、本件試験のためにした本件特許発明の実施は、右条項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものであって、本件特許権の効力が及ばないものというべきである。

3  控訴人の主張に対する判断

(一)  控訴人は、後発医薬品の製造承認申請に必要なものとして行われる試験は、いずれも極めて単純なものであり、後発医薬品の製造承認申請のため、後発医薬品が先発品と同一であることを証明するためのデータを作成することのみを目的とするもので、これらの実験によって先発品につき何ら改良や新しい知見ないし情報をもたらすものではないから、被控訴人が行った本件試験は特許法六九条一項の試験又は研究のためにする実施に該当しない旨主張する。

しかしながら、前記説示のとおり、六九条一項の「試験又は研究」について、特許発明を基礎として新たな技術を開発することはあるいは特許発明に係る技術を次の段階に進歩させることを直接の目的とするもの、又は、具体的・現実的に技術の進歩ないし開発をもたらすものに限定することは相当ではなく、右条項は、前記1に例示したように、特許発明に係る物あるいはそれを使用した物の性状、機能、有効性、安全性等についての知見を得たり、確認、検討することを内容とするものについても、それが技術の進歩ないし開発に結びつく一般的な可能性を有するものとして、「試験又は研究」に該当するものとしていると解される。

そして、本件における製造承認のための本件試験も、特許発明に係る物を使用して後発医薬品を製造し、それを分析・調査することによって、その性状、機能、有効性、安全性等についての知見を得たり、確認、検討するものであって、それ自体、当該特許発明及びそれに関連する技術分野における知見を広げ、あるいは技術水準を向上させるものであり、間接的であっても技術の進歩ないし開発に結びつく一般的な可能性を有しているから、六九条一項の「試験又は研究」に該当するものということができる。

なお、本件試験が後発医薬品の製造承認申請のため被控訴人製剤が先発品と同一であることを証明するためのデータを作成するとの目的を併せ有しているとしても、前記のような知見を得ることなどが「試験又は研究」に該当することを否定する事由とはならない。したがって、控訴人の右主張は採用することができない。

(二)  控訴人は、同じ改良といっても、剤型のみの改良のように、既存の医薬品の特許発明の価値と比較してあまりに小さな改良にすぎない場合には、特許権者の利益と衡量して、六九条一項の試験研究に当たらないと解すべきである旨主張する。

しかしながら、六九条一項の「試験又は研究」については、前記1に説示したとおり、それが、特許発明及びそれに関連する技術分野における知見を広げ、あるいは技術水準を向上させるものであって、技術の進歩ないし開発に結びつく一般的な可能性を有しているものであれば、「試験又は研究」に該当するものということができ、本件試験も前記(一)のとおり、技術の進歩ないし開発に結びつく一般的な可能性を有しているものであるから、本件試験が剤型のみの改良などあまりに小さな改良に結びつく可能性を有するにすぎないことをもって、六九条一項にいう「試験又は研究」に該当しないと解することはできず、控訴人の右主張は採用することができない。

(三)  また、控訴人は、昭和六二年の特許法改正により特許期間の延長登録制度(当時の特許法六七条三項)が導入された当時、既に農薬取締法二条に基づく農薬登録を得る目的でなされた試験について、技術の進歩を目的とするものでなく専ら販売を目的とするものである場合には、特許法六九条にいう試験研究の実施に当たらないとの一般論を明確に打ち出した東京地裁昭和六二年七月一〇日判決が存在し、六九条一項の解釈論として右裁判例は学説の多くの賛同を得ていたところ、立法者に右特許期間延長のための改正に際し、後発メーカーによる後発製品の製造承認を得るための特許期間中の試験を適法とする意思があったとすれば、明文の規定を置くなどしていたはずであり、何ら措置は講じられなかったことは、当時の裁判例や学説を前提として特許期間の特則が定められたことを示している旨主張する。

しかしながら、当時の特許法六七条三項が、後発メーカーが特許権の存続期間中に行う製造承認申請のための試験は六九条一項の「試験又は研究」に当たらないとの解釈を前提として立法されたものであることを認めるに足りる的確な資料等は本訴に提出されていないから、当時、東京地裁昭和六二年七月一〇日判決があり、他に適切な裁判例はなかったこと等を考慮しても、六九条一項を控訴人主張のように解することはできず、控訴人の右主張は採用することができない。

(四)  さらに、控訴人のその余の主張は、主として立法論を説くものといわざるを得ず、六九条一項についての前記解釈を左右するものではない。

4  したがって、控訴人の本件試験に要した錠剤の製造販売相当額の損害賠償請求も、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

七  結論

以上によれば、控訴人の差止請求及び損害賠償請求は理由がないから、本件控訴を棄却し、当審において追加された損害賠償請求を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年五月一九日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

<19>日本国特許庁(JP) <11>特許出願公告

<12>特許公報(B2) 昭57-14670

<51>Int.Cl.3C 07 C 129/12 A 61 K 31/235 識別記号 ACA ACJ 庁内整理番号 7162-4H 6408-4C 6408-4C <24><44>公告 昭和57年(1982)3月25日

発明の数 3

<54>グアニジノ安息香酸誘導体および該グアニジノ安息香酸誘導体を含有する抗プラスミン剤と膵臓疾患治療剤

<21>特願 昭51-5062

<22>出願 昭51(1976)1月21日

公開 昭52-89640

<43>昭52(1977)7月27日

<72>発明者 藤井節郎

徳島市庄町1丁目78番地

<72>発明者 上貝好明

茨木市西田中町7-23

<72>発明者 渡辺毅

門真市千石東町3番44-306号

<72>発明者 加山直宏

高槻市竹の内町351番地88号

<71>出願人 小野薬品工業株式会社

大阪市東区道修町2丁目14番地

<74>代理人 弁理士 萩野平

<57>特許請求の範囲

1 一般式

<省略>

(式中Zは炭素-炭素共有結合メチレン基エチレン基及びビニレン基よりなる群から選択された基を表わしR1とR2は同一でも異なつてもよいが各々水素原子又は低級アルキル基を表わす)で示される化合物又はその薬理学的に許容できる酸付加塩。

2 カルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の加合物。

3 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。

4 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。

5 N、N-ジ-n-プロピルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。

6 N-N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。

7 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)シンナマート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。

8 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(pグアニジノベンゾイルオキシ)フエニルプロピオナート又は薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。

9 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。

10 一般式

<省略>

(式中、Zは炭素-炭素共有結合、メチレン基、エチレン基及びビニレン基よりなる群から選択された置換基を表わし、R1とR2は同一でも異なつてもよいが各々水素原子又は低級アルキル基を表わす)

で示される化合物又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有す抗プラスミン剤。

11 カルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。

12 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。

13 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。

14 N、N-ジ-n-プロピルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。

15 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。

16 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)シンナマート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。

17 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルプロピオナート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。

18 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。

19 一般式

<省略>

(式中、Zは炭素-炭素共有結合、メチレン基、エチレン基及びビニレン基よりなる群から選択された置換基を表わし、R1とR2は同一でも異なつてもよいが各々水素原子又は低級アルキル基を表わす)

で示される化合物又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する膵臓疾患治療剤。

20 カルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。

21 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ペンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。

22 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。

23 N、N-ジ-n-プロピルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。

24 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。

25 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)シンナマート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。

26 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルプロピオナート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。

27 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。

特許公報

<省略>

<省略>

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